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「大型連休」という世間の喧騒を他所にマイペースな普段と変わらぬ日々を過ごしております丸太です~(笑

以前は連休と言えば、子供も学校を欠席させて、東へ西へと丸太と夫の実家に律儀に行ったものですが、丸太の両親も亡くなり夫の父もこの世におらず、なお且つ丸太は夫の実家には出入り禁止状態になっておりまして(;´Д`)
出入り禁止なのかどうか よく分からないんですけれどね。夫が曖昧で。

まぁ、夫のマザコンも多少あるし 他にもここでは曝せない事情がいろいろあるとは言え、半分は丸太の責任でして、撒いたものを文字通りに刈り取っているわけです・・・



この歳になると、夫は5歳上ですし、親戚中高齢化していて次から次へと不幸があるわけですね。そして慣例として、ある人が亡くなればその時だけではなく、次から次へと関連した法事等がありまして、それに一々何だかんだとJW的都合を言っておりましたものですから、あちらの堪忍袋の緒が切れたわけです・・・

「一切しません!」なんて言ってなくて かなりグレーゾーンにも足を入れたんですが、ややこしいですよね、感情的にも。ただただ申し訳ないです。



今さらJW辞めたって言ってもねー・・・w



でも一方で、そういう世間の付き合いが苦手な自分としてはちょうど都合がいい、なんて超勝手な了見なのです。

やれやれ。


自分という人間がほとほといやになります。。。。。。。

(ホントは好きなんです。自分のことが(驚))



上の子も東京近辺でゆったり遊ぶみたいだし、もう親と何かするっていう年でもないですからね~

水族館と植物園に行きたいのですが、一人ではちょいと寂しいでしょう。
友だちが一人もいないんですよ。

あらら・・・




「エホバをすっかり辞めるべきじゃなかった。早く友だちを作れ。」とか先日夫が言ってましたが、何を今さら・・・(`・ω・´)


来月あたりにはまた上京して 今度は鎌倉に一泊旅行に行きたいなんて計画してます。
例の新型インフルエンザが大丈夫だったら。

それで同じ鎌倉に行くんだったら ちょっと何か関連した読み物にでも触れておこう、と思い、
今 川端康成の「山の音」を読んでます。


以下、新潮社から借りてきました。
『深夜ふと響いてくる山の音を死の予告と恐れながら、信吾の胸には昔あこがれた人の美しいイメージが消えない。息子の嫁の可憐な姿に若々しい恋心をゆさぶられるという老人のくすんだ心境を地模様として、老妻、息子、嫁、出戻りの娘たちの心理的葛藤を影に、日本の家の名状しがたい悲しさが、感情の微細なひだに至るまで巧みに描き出されている。戦後文学の最高峰に位する名作である。』


川端康成の書いたものはほんとうに「美しい」という言葉がぴったりですね。
醜い事柄も何か哀しく美しく迫ってくる。


ただですね、この主人公は62歳くらいなんですが、もう死期を前にして枯れそうな雰囲気なんですよね。死期というか寿命ですね。

書かれたのが1954年で丸太がまだ生まれてない頃だから、当時としてはもう62とかいったら今の70歳くらいの感覚だったのかな~と思います。
学校の同期も次々に亡くなっていくんですよ。主人公ももの忘れがひどくて、何かしら思考が曖昧で、人生の終焉を感じてるんです。

それがなんとも今の丸太には妙にこたえてですね。自分の寿命まで短くなったように錯覚します。これを読んだのはちょっと失敗でした。もっとこうエネルギーを吹き込んでくれるようなものを読むべきでした。

まぁ、鎌倉の自然や四季が主人公の口を通して美しく見えてきたので、その点が良かったです。まだ最後まで読んでないけれど。



「雪国」とか「伊豆の踊り子」とかしか読んでないので、他のものも読みたいなぁ、とは思ってます。
でも若い人の心には この「山の音」は響かないかもしれませんね。丸太にはある意味響き過ぎましたが・・・

かつての日本の風情というか心の有りようというか、「美しい国 日本」みたいなものをこういう文学を通して知ってもらいたいとは思いますね。
もう古典を読んでるるような気分になるほど世の中変わり過ぎましたからねぇ。




川端康成は美しい人がいると 本人が当惑してしまうほど凝視する癖があったそうですが、そんなに見つめたくなるほどの美人or美男に会ってみたいものです。


   by 丸太



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