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なんて気取ったタイトルでしょうw

どたばたしている間に 今は福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」を寝る前に少しづつ読んでます。
福岡さんは分子生物学者ながらすごい文才のある人で 作家のコラム読んでるみたいな気分になります。


さて、やっと 「ゴールデンスランバー」。
この本の帯には
『伊坂的娯楽小説特抜頂点』というすごいキャッチコピーが入ってるんですが、さすがうまいこと言います。ホントそんな感じで痛快に読めます。
内容についてはコピペでお許しを。下記の通りです。

■仙台で金田首相の凱旋パレードが行われている、ちょうどその時、青柳雅春は、旧友の森田森吾に、何年かぶりで呼び出されていた。昔話をしたいわけでもないようで、森田の様子はどこかおかしい。訝る青柳に、森田は「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」と、鬼気迫る調子で訴えた。と、遠くで爆音がし、折しも現れた警官は、青柳に向かって拳銃を構えた―。精緻極まる伏線、忘れがたい会話、構築度の高い物語世界―、伊坂幸太郎のエッセンスを濃密にちりばめた、現時点での集大成。■


構成がすばらしく、ジェットコースターに乗るがごとく、いやジェットコースターは苦手だから、心地よく滑る川流しの舟に乗ってるかのように一気に読みました。遅読なので徹夜してしまいまいた・・・

近未来の危うさと現代の世相を織り込みながら、まぁこんなことは無いだろう、と考えながらも、「事実は小説より奇なり」かもと感じさせたり。

習慣と信頼』というキーワードが出てくるのですが、決してハッピーエンドではないけれど、あたたかい気持ちを残してくれる小説でした。人を信頼することの美しさみたいな・・・ぜひ図書館で借りるとかして読んでみてください。




天童荒太氏の「悼む人」。
ざっと読んで丸太的に少し違和感のある話が随所に見られたんですが、それは多分既刊の小説によって(『永遠の仔』や『家族狩り』など)強い先入観をもっていたからなんでしょうね。7年ぶりくらいの小説だったので、期待も大きかったし。

あ、これも筋をコピペすると・・・
■全国を放浪し、死者を悼む旅を続ける坂築静人。彼を巡り、夫を殺した女、 人間不信の雑誌記者、末期癌の母らのドラマが繰り広げられる ■


なんといってもラストが丸太的に何故こうなの?と天童さんに問いたい感じだったのですが・・・

でもこれを読んでからいろいろ思い巡らしていたら、数日経って、「自分は死んだ後、周りの親しい人たちにどんな風な人として思い出してほしいだろう?」とふと思ったんですよ。これこそが天童さんが言いたかったことの一部ではないかと、そう自問させる天童さんの筆力に感嘆しました。
だっていろいろ引っかかって納得いかないというか好まない言葉とか文章があふれてたのに、気付いたら天童さんの掌に乗ってた、みたいな。


それで・・・
「自分は死んだ後、周りの親しい人たちにどんな風な人として思い出してほしいだろう?どんな人として記憶してほしいだろう?」

「母は、おばあちゃんは、ちょっと変わった人だったけど、静かで思いやりのある、家族を心から愛する人だった」と、こんな風に言ってもらえたら最高ですね。



ここで、「ちょっと変わった人だったけど」がポイントです。
普通はいやなんですね。「普通」って何?って聞かれたら答えようがないのですが、ちょっと変な方が好きなんです。だからそういう意味ではJWに満足してたんだけれど・・・w

「静かで」というのもポイントです。わざわざ人の中に入ってお節介やきたくないですけど(あ、これは今問題になってる話とは無関係に)、自分に関わった人がふっと安らげるような人になれたら理想的ですね。何か「気付き」的なものを感じとってもらえたら。一応積み重ねてきた人生だけは人並みにあるんですからねぇ。



かつて(!)の座右の銘はこうでした。
「エホバがあなたに求めておられるのは、ただ公正を行い、親切を愛し、慎みをもってあなたの神と共に歩むことではないか。」(ミカ書6章8節)


あ、なんか不覚にもジワッと胸が熱くなった・・・



今のところはJWともエホバとも共に歩むことはないですが、「公正」や「親切」、「慎み」をもって人生を歩きたい気持ちに変わりはありません。

ついでに自分が愛せる神様も見つけられたらいいな。


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