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2008.10.20 言葉という剣
言葉ってやっぱり剣にもなるんですよねぇ。

この剣、致命傷にはならないけど結構こたえます。


例の昼豚のオフがあって以来、こんなことなら自ら行けばよかったものを
「どんなんだったのかなぁ。」とあちこちオフ会レポートを読ませていただいていたんですよね。
盛況で楽しかったみたいだし、羨ましくて嘆息しておりました。


でもちょっとどうかな?ということにも気が付いて・・・
いえ、オフそのもののことじゃないですよ。
結論をはっきり言うのがはばかれるので、長ーくなるし、結局何言ってんの?って文章になるかもしれません。それに丸太の空回り的な考えでもあるような・・・
お暇な方だけ読んでくださいね。スミマセン




「世代」という言葉はエホバの証人になってから異様に意識し始めた言葉で、それはハルマゲドンがいつ来るかという関心と共にキーワードにもなってましたよね。
協会の見解がくるくる変わって今では何が何だかもう判らなくなってますが・・・



今考えているのは年齢と言ってもいい狭い世代のことなんですが、
丸太がネットの世界に足を踏み入れたのは本格的には2年前くらいで、同じ世代の方って5年も6年も違わないと思うんですよね。
今の若い人たち、10代、20代、30代くらいの方にとってのネットの関わり方は、丸太の世代、つまり40代後半から50代の世代と違うように感じます。
なんとも恥ずかしいのですが、丸太は未だに文章を書くのはこうしてキーボードを打つよりペンで紙に書いた方がましなものが書けます。でもウチの子達なんかはキーを打つ方が考えてることをうまく表せるって言うんですよ!
スゴイ!!!  スゴすぎる!!!  こう感じる丸太はやっぱり旧世代のおばさんですかね。



時々2チャンネルじゃないんですが、「この世の」某掲示板をROMすることがあって、たぶん書き込むのはアニメオタクの方が多いのじゃないかと思うんですが、
(あ、丸太はオタクの方に全然偏見とか持ってないです。むしろある意味好きなくらいです。こだわりのある人が好きなんですね。だからオタクの方という表現は蔑視を表して使っているのではありません)
読んでいると書き込んでる者同志お互いにとっても言い方が優しいんですね。2チャンネルなど双極の人達がいるからなんとも言えないんですけど、とにかくその掲示板の若者達の言い方がとても優しいので、「ネットに書き込む今の若い世代の人たちってみんな優しいんだねぇ。」と下の子に聞いたことがあって。

そしたらこう言うんですよ。
「うん、それもあるけど、自分が傷付きたくないから控えめな言い方をするんじゃないの?」
「へぇえええ?!?」 そんな風に考えたこともなかった丸太。
傷付けるような言い回しは避けた方がいいけど、自分としては率直な言い方を好むなぁ、と思ったわけです。



JW二世の方をこの例に当てはめるのは無理があるけど、元JW二世(現含む)の方たちのブログやコメントを見てるとホント優しいんですね。控え目と言ってもいいし、謙遜とも言えると思うけれど。それにそんな暗黙の了解が彼らの中にはあるんだと思うんですよ。「平和にやっていこうよ。」みたいな。「さんざん組織の中でも家族の中でも辛い目見てきたんだから、ここでは傷つけ合うのはやめようぜ。」みたいな。
それを丸太は尊重したいと思います。


それに多分自分自身もそんな柔らかい取り決めみたいな中でブログをやっていきたいと望んでいたし、実際そんな若者や優しい元一世の言葉で癒されてきました。



でもまぁ、組織の提案に逆らってまで批判系JWのブログをROMするだけでなく堂々と超激しく批判の言葉を吐く現役の人もいますが、案外元一世の方の言葉もきついものがありますね。

若い人たちの暗黙の了解などという空気が読めてないのかなぁ、とも感じますが(自分もそんなところがあるので・・・)、一世の中には脱JWしても「真理を探究したい」という欲求を持つ人がいるとしても、元二世たちの多くはもうできたらJWや宗教には関わりたくない、正道だの定義の正確さなど求めてはいないんじゃないですかね。
一方元一世の人たちの中には、今でも「正しい道筋」を求めている人が案外いて、しかもJW特有の「白か黒」みたいな求め方をする方たちがいらっしゃるように感じます。自由なんですよ、白黒はっきりさせたいと思っても。でももう今まで「真理」の名のもとに傷付いた若い人たちは「心理の探求」には嫌悪感すらあるんじゃないでしょうか。

ただ自分は離れても愛する家族が人質みたいにJWに残っているゆえに自分の立場が定められない苦しんでいる若者もいらっしゃいます。そんな立場の方に微力でも少しでも役に立つ情報とか考えとかをゆるやかに提供するのは「あり」でしょうが、見え見えで某掲示板のこの言葉はどうのこうのと個人批判にもなり得ることを言ったり、二世の若い人のこういうところができてない、とかの批判を見るとほんとうにがっかりします。

オブラートで包んで飲みやすいように言葉を工夫している若者に、年長者が「オブラートなんか子供が使うものよ!」と言って投げ捨てるるような、
あるいは強いボールを思いっきり投げて受け取れない子供に「取れないんだったら外に出ててろ!」なんつってドッチボールをハネにしたりするようなそんな感じがするんですよね。




実際その人と同じことを経験してみないとほんとうのところは他の人には決してわかりませんよ。組織の中に入って組織の提案を実際に聞き、組織の勧めるように集まり奉仕し個人研究してみなければ・・・

物心ついた頃から思春期、成人してまで、親の価値観を押し付けらてみなければ。
非信者の反対や冷遇に耐えてエホバに仕えてみなければ。
カルトにだまされ傷付けられたとは言え、一世はまだいいんですよ。自ら選んで入ったんだから・・・ それに反対者とは言え多くの場合家族にある意味支えられてきたんだから・・・

でも二世の人たちをこれ以上傷付けては絶対にいけません。
ネットで傷を舐め合ったっていいじゃないですか。ほめておだててあげてもいいじゃないですか。若い人たちも少しづつ力をもらって進んでいくんですよ。





ああ、なんかだんだん熱くなってきた・・・ イカンイカン
これってエホバの名残かしら・・・
いえ、元々の性格です。
だから文章書くのにすごく気を遣ってきたのですが、今回はちょっと言わせてもらいたいなぁ、と。



結論は今考えているんですけど・・・





優しくいこうよ、ってことですね。いたわっていこうよ。
 (強調のために「優しい」を三回太字にしときました・・・汗)



でもこんな記事書いたらもうこのブログもやめなきゃいけなくなるかもね。
やめるのはいいんだけど、ここにコメントしてくださる大好きな方々とコミニケーションが取れなくなるとすごく寂しいな~


やめてもなんとか連絡とか取れるのかしら・・・


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