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アンドレア・ボチェッリを聴いていたらやばいことになりました。

(缶酎ハイ飲んでたせいもあるのですが。。 一本だけですヨ!)


去年死んだ琥珀のことや、もう八年になるのかな?、母のことを思い出して
何とも滝汗、いや滝涙です。

琥珀は10歳だったけど、アホなせいもあってすこぶる元気だったのに
癌がわかってアッという間に逝ってしまいました。

「ワンワーン」と鳴く猫でした。
拾った頃はとにかく不細工で、目が顔からはみでるおぞましい顔で
成長するにつけ、その目がきちんと顔に収まって
その愛くるしいグリーンの目で丸太をじっと見つめていたっけ。

寝る時は、ピタッとその鼻面を丸太のほっぺに当てて、ぐいぐい押してきたものです。
小っちゃい時に捨てられたから、お母さんを思い出していたんでしょうね。

ご飯が食べられなくなって(あの食いしんぼが)、みるみる痩せていったことや
磔の刑みたいになって手術したこと、術後すぐに目覚めておしっこに行きたがったこと、
最後までフラフラになりながらもちゃんとトイレに行ったことなど、
次々に琥珀の思い出が浮かんできました。
もっと早くに異変に気が付いていたら、救うことができたんだろうか。。

癌はお腹の中いっぱいに広がっていました。腹膜の内側にも。
あんなになるまで気が付かないなんて飼い主失格です。

丸太も病気になったり、家も探してたりしたから、
やっぱりちゃんと見てなかったんだね。

誰にでもいつか別れはくるものだけど、どんな別れも辛いものです。


母はALS(筋委縮性側索硬化症)だったから、
発病してから3年で亡くなるまで、言葉には表せない色々なことがありました。

母は手足の筋力から衰えていったのですが、少しでも筋力を維持するために
リハビリを頑張っていました。
歩行器を使って足をひきずるようにして歩く訓練や
体の前にあるボールを掴むことなど、
元気な時には何の問題もなくできたことが、歯をくいしばってもできない。
その様子を見るにつけ涙したものです。


最後のお別れのとき、もし自分がエホバの証人でなかったなら
もっと違う心持でいたんじゃないだろうか。
かける言葉も違っていたんじゃないだろうか。。

「楽園でまた会える」なんて、ほんの少しは信じていたから、
それが無かったならもっと本気で心からお別れすることができたんじゃないだろうか。

もし二度と会えないのなら、もっと違った言葉掛けができたに違いない。

エホバの証人であったことを悔いる一番の出来事です。

あの時には帰れないもんね。


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