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きょうも健在 ミーハー丸太です~汗


「1Q84」BOOK.3が出ましたね。


うちの家族sonyちゃんを紹介してくれた某Dさんがもう読破して
読後の感想などblogにupしておらっしゃる。

あぁああ、いいないいな。 わたしも読みたいな。。
うむ、その書評も読みたくなるーーー。 でもネタばれ有りと言ってくださってるからなぁ。


買おう買おうと思いながら、近所に本屋さんがない、とかうっかり忘れたとかで買えてないんですよ。。


だからというのでも全然ないのですが、
先日八重洲ブックセンターに行った折(靖国行ったとき)、数点買った本の中に
「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」というのがあってですね。

これ「週間朝日」の連載をまとめたものなんですが、
丸太、以前に数度書いたように、あまり村上作品が好きじゃない(好きじゃなかった?)のですが
彼の人となりってほとんど知らなかったので、こんなエッセイ集を探していたんですね。

これが妙に面白くてですねぇ。

例の狐狸庵先生、遠藤周作氏のエッセイの持ち味と似てるんですね。
♪ダバダー ダバダー イエィ(?) 「違いのわかる男のゴールドブレンド」のCMには春樹さんは出てないですが。。

あ、狐狸庵先生ほどむちゃくちゃしてないし、むちゃくちゃな事書いてるわけではないんですが。。
あ、遠藤周作さんはカトリックのクリスチャンで立派なご本いっぱい書いてるわけですが。。


(前置きが長い。。)


この本の中に当たり前と言えば当たり前のことだけども
とってもいいことが書いてありましてね。

ちょっと紹介させてください。


『何かを非難すること、厳しく批評すること自体が間違っていると言っているわけではない。すべてのテキストはあらゆる批評に開かれているものだし、また開かれていなくてはならない。ただ僕がここで言いたいのは、何かに対するネガティブな方向の啓蒙は、場合によってはいろんな物事を、ときとして自分自身をも、取り返しがつかないくらい損なってしまうということだ。そこにはより大きく温かなポジティブな「代償」のようなものが用意されていなくてはならないはずだ。そのような裏打ちのないネガティブな連続的言動は即効性のある注射漬けと同じで、一度進み始めるとあとに戻れなくなってしまうという事実も肝に銘じておかなくてはならないだろう。
 もちろん僕にも作家や作品の好き嫌いというのはある。人間に対する好き嫌いもある。でもそのはるか昔のテネシー・ウィリアムズの講義のことを思い出すたびに、「やはり人の悪口だけは書くまい」とつくづく思う。それよりは「これはいいですよ、これは面白いですよ」といって、それを同じようにいいと思い、面白いと喜んでくれる人をたとえ少しでもいいから見つけたいと思っている。経験的に深くそう思う。これは早稲田大学文学部が僕に与えてくれた数少ない生きた教訓のひとつである。』
(下線は丸太が入れました。ここに注目しました)



彼は早稲田大学「映画演劇科」在籍中に、講座で「テネシー・ウィリアムズ」という作家の悪口ばかりを聞くという経験をしたそうなんです。その講座の先生の意図がどこにあったのか今では知る由も無いけれども、「二十歳そこそこのものをろくすっぽ知らない学生が」、偉い大学の先生から繰り返し悪口を聞かされたがために、一種のマインドコントロールのようになって、その作家を嫌いになっってしまった経験を踏まえて語っているのです。

 振り返ってみれば、「そういうのはその教師の個人的な意見であって、違う考え方も世間にはある。芸術作品に対する評価はひとつだけではない。・・・」ということが年を経てわかる。。


それで
さっきの続きですが
『でも今のこの即効的な社会でそんな悠長な姿勢を保ちながら生きていると、ときどき自分自身が馬鹿みたいに思えてくることがある。それよりも、声高に痛烈に誰かを罵倒している方が遥かにスマートに見える。たとえば作家よりは批評家の方が賢そうに見える。でもたとえそれぞれの実作者が時折愚かしく見えたとしても(また実際愚かだったとしても)、ゼロから何かを生み出す作業がどれくらい手間のかかる辛い作業であるかを僕は一応身にしみて知っているから、それをひとことで「あいつはゴミだ、これはクソだ」と罵って片づけてしまうことはできない。それが良い悪いじゃなくて。これは実作者としての僕の生き方の問題であり、ある意味では尊厳の問題である。』


なかなかいい事言ってらっしゃるでしょ?



でもね、ただいつも黙していよ、と言ってるわけではないんですね。
違う項では
『ものを書く、ゼロから何かを生み出す、というのは所詮は切った張ったの世界である。みんなににこにこといい顔することなんてできないし、心ならずも血が流れることだってある。その責は僕がきっちりと両肩に負って生きて行くしかない。』

これはある全集を出版するにあたり、春樹氏的に譲れないことがあって、それを押し通した際の気構えを綴ったものですが、
なかなかかっこいいですね~

この出来事があったとき、もしかしたらそれが遠因の一つにはなったかもしれない、その全集の編集者の自殺という結果があったみたいです。
それでも
今度また同じ選択をしなければならない事態が生じたとしても、また同じことをするだろう、と書いておられます。

名誉のためには戦う必要も生じる場合がある(自分も血を流して)、ということですね。


もちろん、戦うのと他の人の悪口を言うのは次元が違いますが。



なんだかこの「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」(新潮文庫 590円)を読んでいるうちに
「うん、村上春樹さん、いい!(*´∀`*)」みたいな気分になっております
ミーハー丸太でした~


きのうは、ちょっと車を駆りたくなって(偉そうに)、ドライブしてましたが
気の滅入ることもあったりして、「古本市場」で本を大人買いしてしまいました。。
ヤケになってました。


でも後悔していない自分がこわい。。






追記:雨の中 今日ちょっと歩いて本屋さんに行ったんですが、「1Q84」即日完売だったそうです。。泣
  もう潰れるんじゃないかと思うような本屋さんなのに(ああ失礼)、この本の反響はすごいんですね。

  こうなったら古本屋に並ぶようになって読もうかしらん。。




さらに追記:カラキナさんのとこにすんごい長いコメント入れてびびってるチキンな丸太でございます。
      また誰かがコテンパに反論するんかなぁ。。(((;゚Д゚))






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