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「もしエホバを知らなかったらどういう風に生きていただろう?」
考えても仕方のないことが時々ふと頭に浮かびます。少し虚しさを伴って・・・
二世の方の無念さを思うとこんなこと書ける立場じゃないんですが 流してくださいね。



復活を信じていたので、きちんとお別れの言葉を交わさなかった両親のことが一番に思い浮かびます。
「復活があるからまた会えるよ。」なんて歯の浮いたようなことは言えなくて、それは良かったのですが、これが今生の別れという認識があれば色んなことがもっと違っていたのではないか・・・  そう思えて仕方がありません。
以前にも書きましたが 母は特殊な病気で、病状が進んで呼吸筋がやられると、脳が生きていても(結果的には血液中の酸素が無くなって脳もやられるんですが)呼吸不全で絶命するんです。でも人工呼吸器で その息さえ保ってあげればもっと何年も生きられたんですね。意識ははっきりしていますから。
もし復活の希望など持たず、今の命の重みをもっと真剣に捉えていたら、人工呼吸器を付けるように母をもっと説得したのではないだろうか・・・

この件はきちっと文章にして 心のけじめにしたいのですが、長くなるのが目に見えているので なかなか取りかかれません。




二世の皆さんの五十代、六十代の親御さんの世代が 今さら真実を知って混乱するより 気付くことなく 復活と楽園を信じていてくれた方が良い、という言葉をよく目にしますが、なるほどその通りだとも思えます。真実を知ると残りの人生が急に目の前に迫ってきて、本当に浦島太郎が竜宮城から帰ってきたみたいに一気に年を取ったような気がしています。竜宮城はこの上ない楽園だったところがJWの奴隷と全く違いますが。

JW一世の人たちは大概ある程度無垢な信仰を抱いてエホバにお仕えしたいと願って生きていますからね。組織への信頼が無くなり、楽園や復活といった希望が無くなると、実際かなりツラいものがあります。目の前の現実に目をつぶらされて生きてきたのだから、急に現実社会と向き合うのは厳しいです。



あ、ここでもう一度はっきりさせておかなければならないのは、もう一度JWに戻るとか、辞めたことを後悔してるとかは絶対ないです。




でも、思うんですよね。
今さら知らない方が当面は幸せだとしても、もし十分老年になって知ったなら、自分の人生のつまらなさに愕然とするんではないでしょうか。

何十年も、そして全精力を傾けたものが水泡に帰してしまったら。

自分の場合、まだ余力があるし、健康だし、生きる目的は見いだせないとしても、沿って生きるものくらいは見つけれるのではないかと思えるのですが、それでも何かを目標に とか そんな充実感みたいなものはなかなか見出せないような気もします。




孫が生まれたりしたら、メロメロになったりして・・・笑




だから やはり出来るだけ若いうちにJWはカルトなんだ、その教理も希望も聖書に沿わない偽りだ ということに気が付くべきです。
そして老年期に向けて金銭的にも備えができるようにすべきだとつくづく思いますね。



だからといって丸太も親しかった兄弟姉妹たちに気付いてもらう手立てが見つけれるはずもなく。


友人に JWに入る前にも鬱があったのに入ってからはひどい躁鬱になってしまった姉妹がいるのですが、生真面目だから何をするにも一生懸命で、楽にしてあげたい、重い荷は下ろしてもいいんだよ と教えてあげたい気持ちと、果たして真実を知り今さら希望がなくなったら 彼女は生きていけるだろうか、とも思案するのです。




文書はかなり処分したのですが、あれだけ研究と称して熱心に予習していた雑誌も全く無価値に思えるのが不思議でなりません。
それは結果的には自分自身への疑心暗鬼にもつながっていくのですよ。たとえJWが巧みなカルトだとしても、まんまと罠にはまる自分って・・・





これだけ忌み嫌う事柄が今までにあったかなぁ。。




そうですね、「世」のサタンがらみのことですね。
X-Japanとか ありえねーっと思ってましたね、そう言えば。あの化粧が。


なんというかJWを忌み嫌うというか、ある意味それ以下の 関心が全く無い!というか、これだけのカルチャーショックって他にあるだろうか??




心と心意気だけは守らないと。


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2008.11.15 しみじみ自由
貪欲っていうほどのこともないと思うのですが、仕事に没頭してます丸太です~



あ、もう一つ自己紹介のセリフ考えていたんだ・・・


心だけじゃなくて体も丸くなってきてます丸太です~(l|゚Д゚l|l)
定期健診が終わってちょっと気が緩んでしまいました。。




楽しいんですよね、仕事が。
以前だったら
「こんなに仕事ばかりして貪欲なのかしら、わたし・・・」っとか心を吟味して苦しんでいたわけですが、もう今は「楽しければ頑張ってみてもいいじゃん。」と気軽に考えれるのでいいですね(*´∀`*)

楽しくて仕方ない、というようなことは少ないですが、いやいや奉仕に行かなくてよい、いやいや集会にいかなくてもよい、あまり相性の良くない人と無理に付き合わなくてもよい。そんなこんながすごく幸せです。
そして先ほど言及したように、何かにつけ自分の良心に問うてみなくても誰も責めない、というのがしみじみありがたい。つくづく縛られていたことに気付くきょうこの頃です。



20年以上こんな普通の生活を犠牲にしてきたんですね・・・




最近は近所の方とも何のこだわりもなくお話ができるので、です。
以前はできたら何か証言して、種をまいてあげなくちゃ(いい迷惑なのに)とか、あのおじいちゃんおばあちゃんが亡くなられたらお葬式がややこしいな、とかとんでもないことを考えていたりしましたが、今では普通に起ったことを受け止められるので、これまたになりました。


あぁ、でもこんなに急に楽になっちゃうと一気に年をとるのじゃないかと、ちと危惧はしますが。

でも自分の老後のことを露ほども考えてなかったなんて、どんだけめでたい人種だったんだろう。



今でも自己犠牲の精神を健気に示しながら、次第に年老いていっている現役の方々を思うと、せめて老後の備えだけはしてほしいと思いますね~。



そう言えば 最近現役さんからちっとも励ましの連絡が無くて助かるのですが、やはり不活発者も排斥者に近い扱いになったんですかね。 そうかもしれませんね。 だれが排斥者なのか、もう特定も難しくなってきていますものねぇ。

「○○ちゃん、どこに行ってきたん?きょうは。」と訪ねる夫。
ほうち。」と下の子。

「ん?ホウチ???」
「ほうち!ほうちに行ったの!!!」




下の子が二歳の頃のお父さんとの会話です~
やばいやばい・・・
『奉仕』って言えなくてあの頃は助かったけど、奉仕という言葉もろくに言えないような小さな子をよく三時間も歩かせてたなぁ・・・
あの子もよくがんばった。




あ、ブログを放置していたことを考えてたら「奉仕」のこと思い出してしましました(;´Д`)


しばらく頭痛が酷くてPCをあまり見ていなかったんです。ご心配かけていたらごめんなさい。


偏頭痛とかは元々は無かったんですが、どうも頭痛がしょっちゅうするので、考えてみたらPCが原因じゃないかと思うんですよね。
仕事でもPCちょくちょく使うので、その上JW関係を長時間ROMってたりしたのが原因かな~っと。
それで仕事で必要な時意外はPCの画面を見ないようにしていました。


うーーーん、やっぱりこうして打ってると頭痛がしてきます~




でも寂しくなるんですよね~ 皆さんの記事を読まないと。

相変らず友だちいないし・・・ ショボーン


PCは毎日開くんですが、お気に入りの『エホ証』のフォルダをクリックしちゃうと どうしても一通り長く見てしまうし、 あーーーー!!! でも読みたい! みたいな感じでごにょごにょしてました(笑




ブログは止めてませんからご安心ください!



とりあえず近況だけ報告しておきますね(*´∀`*)


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