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JW系ブログを止める人あり始める人ありですが、現時点でもたくさんありますね。拝見しているとあっという間に時間が経ってしまうわけですが、考えさせられることが多いです。


先日、そのブログをあまり読んでもいないのにオフ会の記事を転載した丸太ですが、去年の今頃初めてJWブログを目にして驚きのあまり徹夜した日もあったくらいでしたが、ばうちんさんはその頃(いつも継続しているみたいですが)複雑でやりきれない問題があって語気が強くなっておられたのか、びびりの丸太は読むことができなかったんですね。

この前のレスにも書いたのですが、ばうちんさんのブログに対する「恐れ」の背景には二つの理由があります。
・ひとつが前述したように丸太は「親に叱られたことがない」ゆえに、言葉の強い人が苦手なんですね。それは単純な恐れです。
・もう一つの理由は、ばうちんさんの受けた虐待の事実がJW一世で親の立場にある丸太を無言のうちに責めるからなんです。ばうちんさんのやり場の無い怒りが、意図せずに丸太を 連帯していた者として責めるわけです。(その頃丸太はまだJWに出会ってなかったとは思うのですが・・・)
JW組織をつい最近まで支持していたんですからね。

それでもオフ会の記事も転載したし、がんばって読んでみようとチャレンジしました。始めの方数回分読みました。



辛すぎます・・・



あれは懲らしめという名を借りた、虐待、つまり犯罪行為じゃないでしょうか?

子に対する親の虐待について世間で大きく取りざたされるようになったのはここ数年ですが、あの虐待が今日行われていたなら、完全に刑事告発されてますね。たぶん。
子供への虐待は親に嫌われることを恐れるためにその証言が得られず(ばうちんさんの場合は明らかに恐れのみでしたが)摘発が難しい場合が多いようですが、あれは虐待以外の何ものでもありません。


単なる同情をばうちんさんは猛烈に嫌われることは承知していますが、どんなに辛かったか、どんなに逃げたかったか、どんなに助けを望んだか、いえ、もうそんな感情も持てず、ただただその時が過ぎることを待ったばうちんさんの幼い気持ちを思うと、泣けて泣けて仕方ありませんでした。


悪の道に走らず、よく思いやりのある大人になられましたね。自分の力で自活し、理解のある賢明な妻を得、お子さんにも恵まれてほんとうによかった。立派です。


ばうちんさんほどではなくても エホバの懲らしめという名のもとに虐待を受けた多くの二世の方がいらっしゃいます。傷付いた心を持って生きています。
一方で、脱退する人が多くいても根幹は揺るがないエホバの組織。
何とかならないものでしょうか。



このように言いつつも、やっぱりばうちんさんのような経験を読むと少し元気付いていた丸太も再び落ち込んでしまいます。


ごめんなさい。ばうちんさん。  少しづつは読みすすめますが、一度には無理です。自分の心のケアをしながらちょっとづつ拝見させてくださいね。なので、今編集を進めておられるようですがあまり省略せずに残してもらえたらありがたいです。



あれ?ばうちんさんへの手紙のようになってしまいましたね。マナー知らずでごめんなさい。





この6月から8月、自分の状況を見つめてみたいと思って、自営の仕事を開店休業状態にしていた丸太ですが、自活の道を探らねばならず、それにやる気も少し出てきたので、少し忙しくなると思います。

やたら長いつまらない丸太の半生記も書いたことだし、あとはあれほど熱心に信仰していたJWの何に疑問を抱いたのかをゆっくり思い起こしていけたらと考えています。


「丸太の半生記」を読み返すと自分の浅はかさがはっきり見えて 情けない思いもしますが、今は前向きです!



ここを見てくださっている心優しい皆様、ゆっくり長い目で見てくだされば、と願っています。


これからもよろしくお願いいたします。


スポンサーサイト
ゲハジさんのブログから「関東オフの開催の案内」を転載します。

丸太は『昼寝する豚』さんのサイトをあまりじっくり拝見したことがなく、ばうちんさんとこのブログも自分が一世で親の立場なので恐れもあってあまり(ホントは読みたい)読んでないのですが(スミマセン)、JWブロガーの端くれとして少しでもお役に立てば と思いまして。

詳しい情報は下記にあるそうです(一応リンクしてますのでLet's go click! これ文法おかしいですね)
→コチラ





********** (以下転載)

開催日時: 2008年10月12日 (日)

主幹事: としきさん

としきさんからのお知らせ

 【昼寝するぶた同窓会オフ】
1.日時:2008年10月12日(日)
 (1)1次会:(お茶)15時~
 (2)2次会:(居酒屋)18時~
 (3)3次会:(カラオケ)24時~(オールナイト)

2.場所:山手線沿線

詳しい集合場所、時間につきましては参加者に別途お知らせ致します。
参加希望者はとしき宛てにメール下さい。

申し訳ありませんが返信の際は、必ずご自分の名前(HN)を記載して返信して下さい。
また、仕事の都合で返事が多少遅れることがありますがご了承下さい。

なお、締め切りは9月30日とさせて下さい。
仕事の都合などで、参加できるか参加できないか分からない方も、その旨明記の上申し込んで頂いて結構です。
皆さんからのご参加をお待ちしております。

toshiki@apost.plala.or.jp

*****

オフ会開催に伴い、オフ会専用のパスワードブログを作りました。
としきさんにメールすると、アドレスとパスワードがもらえます。

オフ会が始まるまでに、挨拶がてらコメントしてみましょう。

***********(転載おわり)





いいですねぇ・・・

いつか丸太も行ってみたいです(*´∀`*)
近くでも遠くでも、旅行兼ねて行ってもいいし・・・

今は・・・
どうだろ・・・

ほとんど引きこもり状態なので(ポニョも行けてない。。)
10月は無理かな~

でもいつかきっと、必ず、行きます!
どなたの主宰でも。

その日を楽しみに 脱ひきこもり がんばろう!


(ゆうじさんもばうちんさんもよく知らないって脱JWのもぐりかって感じですよね・・・汗)

あ、それからこちらの記事で言及している場合、だいたいリンクになっております~
色が紛らわしくて目立たないんですよね。一応クリックしてみてください~



先回の「丸太の半生記 その三」は中途止めで、肝心の言いたいことが書けてないので連投です。
前のエントリーを未読の方はそちらからどうぞ~(お勧めできるような内容でもないですが)


心優しいコメントにも感謝です~。


夫から離婚の申し出があった、というところまででしたね。
**************************

遅すぎたJWからの脱出でしたが、丸太は上の子の結婚式が完了するまで一応形だけであれ二親揃っていてやりたいと考えていて、夫も了解してくれています。結婚がいつ、とまだ決まっているわけではないんですけどね。排斥された今、たぶん「世の人」と結ばれることになるであろう子供に引け目を感じてほしくないのです。

下の子は非常にドライな考え方をするので、片親家庭であってもあまり頓着しないのでは、と思います。
でも、一度ちゃんと聞いてみなくちゃ。



丸太夫婦がこれからどうなってゆくのかは はっきりしません。
JW辞めたといっても夫の決心は変わらないのじゃないかな。
だから「エホバは辞めようと思う」と伝えた時に「平(ひら)でいいから 一応続けたら?」という有難いお言葉だったんですね。一人身になって友達もいないんじゃ大変だろうと・・・

丸太にとっては もうとっくに一人身も同然なのですが、実質的に「自立」という難題をクリアしないといけないのです。
今自営でやっていることは小遣い程度にしかならないので・・・
これがけっこう丸太を悩ませている課題で、ウツウツとなってるわけです。それでも野垂れ死にすることはないだろう、と楽観しています。


色んな意味で頑張らなくちゃ。



このような結婚生活のなかで、丸太の愛する両親が亡くなったことが いかに大きな出来事だったか、ご理解いただけると思います。
確かにだれかに理解され愛されることは、命を支えられている ということだと感じます。



それにしても、今まで感情的には無理解だったとしても、経済的に家族を支えてくれた夫には心から感謝しています。そして何より願うのは子供たちの幸せであり、夫の同じそれでもあります。
もし、JWでない配偶者であったなら、どれだけ報いの多い人生だったかわかりません。夫の残りの人生もどれほどかわかりませんが、どうしても幸せをつかんでほしいと願っています。

これは奇麗事で言ってるんじゃないんですよ。様々な葛藤を経験した今、こんな風に願うのは人の道として当たり前のことではないでしょうか。

もう少しで別々の道を歩むようになったとしても、心の中でずっと応援したいと思っています。



そうそう!
新婚の頃、夫さんは丸太の写真を長財布に入れて 営業先の色んな所で「ステキな嫁さんをもらった!」と自慢しては披露してたんですよ。あるDrの奥さんから聞いたのですが・・・
あぁ、そんな頃もあったのにほんとうに申し訳ないことになってしまいました。

夫さんはエホバに嫉妬して狂ってしまったのかもしれませんね。






甘かったり苦かったりの そんな思い出を胸に これからも一生懸命歩いていきますぞ。


きょうは一気にいきますよー。長くなるかも。


「エホバの証人」になるということが、周りの人の運命をどれほど左右することになるか など、当事者にはほとんど分かっていないんですよね。
バプテスマを受ける時点で すでにマイコン状態に入っているんですから。

丸太もバプテスマの討議に入る前に真剣に考えました。「組織」の一員になることに大きな抵抗があったからです。もともと大きな集まりがキライなんですね。だから大会も苦手でした。

丸太の頃は教科書が「永遠に生きる」-そう、あの赤い本ですねーだったのですが、その22章の「真の宗教を見分ける」を繰り返し読み、自問自答しました。
ま、でも、JWの本はとても巧妙に作られていて、結局どの質問もJW流の答えに行き着くようになっているのですから、「この組織がほんとうに神に用いられているのか」などという疑問を差しはさむ余地などありません。

「真理を見いだした!」という確信は大きな喜びであり、どんなに夫の怒声や反対があっても、その喜びが色褪せることはなかったですねぇ。

自分がエホバの証人になることが、どれほど 夫、両親、親族、そして子供たちを困惑させることになったか、どれほど深い問題を生み出したか、ここに挙げるべくもありません。


ただ、自分がエホバの証人になっていなかったなら、早い時期に離婚していたかもしれず、今では真逆の超教育ママになって別の意味で子供たちを追い込んでいたかもしれません。
人生何通りもの生き方はできないのですから、今となってはただ想像するばかりですが・・・



丸太がJWになってから、夫は「気持ちが悪い」と言って手にすら触れようとしなくなりました。サタンが夫の難しい性格を巧みに用いて、「わたしたち真理を知る者」を迫害しているのであって、エホバはいつか丸太の家族を真理において一つにしてくださるかもしれないと、という浅はかな望みを抱いていました。
でも一方で、夫婦の溝は深まる一方だったように思います。


「『わたしは神を愛する』と言いながら自分の兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。自分がすでに見ている兄弟を愛さない者は、見たことのない神を愛することはできないからです。」
 (ヨハネ第一 4:20)
この聖句が丸太をずっと苦しめました。
丸太は夫を憎んではいませんでしたが、ほんとうに心から愛しているのかずっと自分の内で疑問に思っていたからです。
一番身近な兄弟とも言える夫を愛せない人間がエホバ神を愛する資格があるのか、エホバの証人といえる資格があるのか・・・ パウロを苦しめた肉体の棘のように丸太も苦しめられました。


JWをもっと早く辞めちゃえばよかったのにね。。



こうして間の溝を深めながら、いわばエホバを中心とした不幸な日々が過ぎて行き、恐らく夫の心の中にはいつも「離婚」という二文字が重石のようにあったのではないかと思います。丸太も離れてしまった方が互いに少しでも幸福になれるのではないかと思いさまよいましたが、「離婚」はエホバが忌み嫌われることだし、エホバのみ名を辱めると考え、できないことだと決めてかかっていました。

両親や親族が年老いて、お葬式や介護という問題が増えてくると、くすぶっていた火種は一気に炎となって襲いかかってきました。
丸太にはエホバの証人としてどうしても譲れない事があります。
そしてそれは大抵夫にとってはとても大切な重んじるべき事柄です。
丸太はグレーゾーンにまで踏み込んでできる限りのことをしましたが、夫には「JWはほんとうに手を合わせることもにない」というはっきりとした認識となり、これ以上JWに関わりたくないという究極の感情に至ったようです。



丸太にも夫に落胆させられる大きな出来事がいくつかあります。

・癌の手術を受けることになった時(夫はすでに単身赴任中でしたが)、「ぼくは病院に見舞いには行かない」と宣言しました。
丸太は驚きませんでした。夫は医療と関係のある仕事に就いているので 丸太が手術を受ける大学病院とも取り引きがあり、輸血に関連した事柄に巻き込まれたくなかったのだと思います。 気の小さいところのある人ですから。

でも、手術の同意書には近い親族のサインが必須と言われる中、当時やっと20才になったばかりの上の子が、薄暗い大学病院の検査室のような部屋で心細そうにサインする姿を忘れることはできません。

無輸血に関しては寛容にOKだったんですけどね。麻酔医のDrは冷たかったけど。


・それから、病気に苦しんでいた丸太の両親に冷たかったこと。


・そして、母の葬儀の翌日に 「離婚しよう」と夫が申し出たこと。
「こんなに妻が悲しんでいるときになぜ?
 20数年夫婦として歩んできた伴侶はこんなに情け容赦のない人だったの?」
この時点で、この人と人生を全うすることはできない、と悟りました。



でもね、このほとんどすべては丸太が エホバという神を JWという組織を選んだためなんですね。
誠実に妻としてできる限りのことはしてきたけれど(JWの律法の許す範囲で)、夫のエホバに対する憎しみも、消したくても消せないほど強かったということでしょう。





うわぁーーー。今日も終わらなかった・・・

もうほんのちょっとで「丸太のつまらない半生記」も終わります。

次回でお許しを~~~

お盆後半 風邪をひいてダウンしてました。。  
集会に行かなくなってずっとひいてなかったのですが(!)スーパーとかでもらったのかな?
ドラッグストアが怪しいな。。
頭痛が辛かったのですが
なんとか復活しました(*´∀`*)



では今日は、丸太の半生記の続きをぼちぼちと・・・  先回は初めて夫の欠点を晒してしまって とっても反省しましたが、今回も続きます(笑 スミマセン
なんと言うか 肝心な点なのですが、夫にはとても感謝しているけれど恨んでもいる、みたいな・・・ 一世の親に対する二世の方の複雑な気持ちと少ーし似てるような(感謝と恨みが逆ですけどね)。



「モーレツ社員」という言葉はもう死語になっていると思いますが(あぁ、でも過酷な残業があったりするみたいですね、現在でも)
丸太が結婚した頃、夫は仕事に脂が乗ってきていて いわゆる「企業戦士」ですね。
闘っているわけですから、家にいる妻や子のことなどいちいちかまっていられません(丸太にはそう見えた)。
土日は接待ゴルフ、平日は仕事でも遅いうえに、お付き合いや接待で飲みの連続。妊娠中であろうが産後であろうが、子供が熱を出していようがほとんど関係なかったですねぇ。
その上転勤があります。下の子がお腹で9ヶ月の時の真夏の転勤はこたえました。
転勤前後は夫も引き継ぎで忙しいですから、家のことなんて全くタッチできません。若かったから出来たようなものの、やはり1ヶ月早く生まれてしまいました。
自分が足を捻挫しても 骨折しても ビニール袋で足を包んで子供たちをお風呂に入れたものです。
転勤して親も遠いですからね。
冬でも入浴時は裸で走り回っていましたっけ。

でも、こういう転勤族にありがちな経験は仕方がないと思っています。
色々あってもそれぞれが楽しい思い出だし、慣れない町での生活は新鮮で楽しみも多いのです。




JWに出会ったのは下の子が一歳にならない頃ですね。
子育ては両親の方法に従おうと思っていたので(夫の協力はあまり得られませんでしたが)育児の話に魅力はなかったですね。
ただ、その前年に、例の大ちゃんの輸血拒否事件があったので、「我が子の死をみすみす許してしまうような宗教は絶対に許せない!」
と奉仕者の方に反論したんですね。
するとその方は毅然としていて、その様がとても印象に残りました。
そして・・・
嵌ってしまったんですよ~  罠に。


「命はどのように始まったと思われますか?」と再訪問で残された質問に、無知な丸太は反応してしまったんですねー(;´Д`)
「死」についてはいつも考えていたのに「命の始まり」なんて考えたこともなかったわたしは、これは是非調べてみたいと研究を申し込みました。
現役の方、言い方が悪くてごめんなさい。 これが不幸な道への第一歩でした。

約一年半後、慣れない町で唯一の友人だった人と 同じ日にバプテスマを受けることになりました。それはもう次の転勤先でしたけど。



あ~~~すみません~~~


きょうはここまで。


あまりおもしろくもない話ですが、また続きを書きます~



長めのお盆休みに入っております、丸太です~



最近ウォーキングしながら繰り返し思うのは
とりえず、残りの人生後悔がないように精一杯生きる、ということ。

神がいるとかいないとか(今はいらっしゃると思ってますよ)
人生の目的は何か、とか
死んだらどうなるか、とか
人知のなかなか及ばないことを無理に探ろうとせず、出会った本を読み、出会った人に学びながら、少しずつ模索していくことが大事だと自分に納まりがついてきました。

でも子供に対する責任もあるので、真面目に諦めずには探したいと思っています。


こんな常識的な考え方に至るのにも時間が必要なんですよね。
「絶対的な神」とか「真理」とかに固執していたので。
JW流の枠組みを外してゆっくり模索したいと思います。


やっぱりJW時代は異常だったなぁってつくづく距離を置いてから思いますね。



今大会も各地で開かれていることでしょう・・・
あんなに早起きして長時間拘束されて喜んでたなんて、過酷な修練に打ち勝って忠節を表明してる、と思わされてたんですね。
こんなにたくさんの人達が信じてるんだから、周りには反対されてるけど、自分は間違ってない!って。

去年は3日間が苦痛で苦痛で・・・
今年はほんとうに楽です。




あ、それで、こんな風に丸太の気持ちを導いてくれた事柄が幾つかありました。

一つには年頭から観ているNHKの大河ドラマ
「篤姫」です。
原作の方は今下巻を読んでいるのですが
篤姫に限らず、過去に人生を必死に全うした人からは学ぶことが多いですよね。
置かれた立場でできることを一生懸命行うこと。
過ぎた過去のことをくよくよ悩んでも、「こんな風に生まれたら・・・」などと嘆いていても満足感が一㍉でも増すわけではありません。

確かに大抵の人は死にたいとは思わないけれど、永遠に生きたいなどと考えるのは傲慢かもしれません。
不死の薬を求めて旅させた皇帝も過去にはいましたが。。。
それより「今」の自分を見つめるべきですね。もちろん将来の大まかな計画は必要ですが。
過去の時代の寿命の短さを思うと、なんと自分が恵まれていることかと、しみじみ思いました。
あの英明な薩摩藩の島津斉彬の亡くなったのが50歳。
篤姫は48歳で亡くなっています。
もし丸太が平均寿命ほど生きられるとするならまだまだ余裕があります。
ですから頑張りますぞ!


そして・・・
反面教師的に太宰治の『人間失格』。
まぁ、生きたくても生きれない人もいるんだから、とりあえず生きようよ、っということです。
ですから文学的に、とか芸術的に、とかの視点は全然含まれていません。


さらに・・・
偶然本屋さんで手に取った梨木香歩さんの
『西の魔女が死んだ』。
最近映画にもなってますね。
それから同じ梨木さんの『からくり からくさ』。

この二冊がすっとこころに寄り添って、丸太に道筋を示してくれたように感じました。

梨木さんは児童文学者でもあるので、文章が平易で丸太でもさらっとじわっと理解ができるんですよね。
彼女の 命や日々の生活に対する見方に大変共鳴しました。

『西の・・・』で主人公の女の子のおばあさんが、自分が死んだ後に無事に魂になったことがわかる証拠を残すんですね。ある方法で。
それがじんわり心があたたかくなるおばあさんらしいやり方で、なぜか「そうかぁ。。」と嬉しくなるのです。
『からくり・・・』では命が 長い時代、年月、様々な場所や民族の間で営々と紡がれてきたことを物語の中で静かに訴えています。
手仕事の好きな丸太にぴったりの本でした。良かったです。


やっぱり環境がそうさせるのでしょうか。人類の多くの人が信じているのですから。
死んだ後にも残る「魂」というものに違和感がないですね。
このことについてはこれからゆっくり考えてみたいと思います。





ほんとうに暑い毎日ですね。
みなさんお体の調子に気をつけてくださいね~





急に時間が空いた、と言って子供が急に帰ってきました(*´∀`*)


この度はっきりわかったのですが、
丸太は子離れができていないみたいです。。。

子供が家に数日いて、すごく元気が湧いてきました(*´∀`*)



色んなことがここ数年あって、上の子が遠くに移った後に丸太も会衆から距離を置きだして、これが最後のパンチとなってかなりダメージをくらってしまいました。
まだ頭の中は整理されていないのですが、その上最近犯罪も多く心配もあるし、いらぬ気を遣ってしまうんですよね、離れていると。


JWの雑誌や「家庭の本」などによくあるように、子供を相談相手にしたりして頼ってしまうのは間違っているのですが、我が家特有の事情もあったりして、どうしてもそういう傾向があることは自覚しています。
親がいつまでもぶら下がっていると負担になるでしょうから、丸太もしっかりしないといけません!

子供の方は(もう成人した立派な大人ですが・・・)自活して色んな困難さも経験し、しっかりと親離れが進んでいるようで感心します。
以前はぎゅっとバネを握りしめていた感じだったので、この点で、弱りすぎることもなく、ポーンと遠くにはねてしまうこともなく頑張ってくれていることに感謝です。


自分も生きがいを見つけてがんばらねば!!!




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