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最近は「認知症」という言葉が使われて、ボケとか痴呆とかはふさわしくないみたいですが、文中にこれらふさわしくない言葉が出現しますことをお許しください。


少し変わった形で患った丸太の「ウツ」の話です。参考になる方もあるかもしれません。。。



新潟で大きな地震があった(新潟中越地震)ちょうどそのニュースが、丸太の母の通夜の控え室で流れていました。

母は10万人に2、3人という難病で、とても辛い闘病生活を送って亡くなりました。
ちょうどその1年前には、共に母を介護しようと励まし合っていた優しい父が、胃癌のため7ヶ月の闘病生活の後に帰らぬ人となってしまいました。

誰よりも丸太を理解し愛してくれた優しい両親がこうしてバタバタと亡くなり、その悲しみと看病の疲れから発症したのでしょうね。

両親を遠い故郷から丸太の住む町に移動してきてもらった年には、夫の父の死や丸太自身の癌の手術など、ほんとうに色々な事が重なった年でもありました。

母が亡くなって涙を流さない日は一日も無かったのですが、半年くらい経った頃に、色んな症状が現れ始めました。



お買い物をした時、主婦って小銭が出ないように、うまく計算して払うじゃないですか。例えば、926円なら1026円出して、100円きりよくお釣りをもらうようにとか。
それが1000円いくら払うのに、お釣りが小銭でじゃらじゃらって返ってくるんですよね。
「あれ?間違えたかな?」と一度目は思いましたが、そうしたことが三度続いて、これは何かおかしい・・・と身震いしました。
そう言えば、最近料理の味がおかしい。
作り慣れてるものなのに、作るたびに味が違う。家族はあまり気が付かなかったみたいなんですが、そのうちに三つのガスコンロでも手際よく扱えたのに、二つのお鍋を同時に使うと、片方が焦げたり味が変だったり・・・???
スーパーにはいつも予めメモして行くのですが、メモを持っているのに、入り口に立った途端何を買っていいのかわからない・・・


「もしかして、自分は痴呆になったの?
 若年性の・・・?!?」



もうね、ほんとうに焦りましたよー。
今自分がボケたら家族に迷惑がかかる・・・

それで計算ドリルを買ってみた。
簡単な計算なのに頭の中がスパークしたみたいですごく疲れるんですよ。

久しぶりにピアノも弾いてみた。
弾ける人にはわかると思うのですが、そんなに意識しなくても両手が勝手に動くでしょう?普通なら。
それが一生懸命やらないと右手と左手が同時に動かないんですよ。

  ???

とにかくボケには音楽とかが絶対いいはずだ!
と考えて、昔やっていた楽器をヤマハに習いに行くことに!ボケてるのにどんだけポジティブなんだ。。。
楽器自体の練習は楽しいのですが、町にあるレッスン場に行くのがなぜか緊張するんですよ。慣れない地下の駐車場とかそれが空いていなかったら他の駐車場見つけて入れなきゃいけないし。。。


そんなこんなの努力にもかかわらず、ボケはどんどん悪くなり、自分が水槽の中に入っているかのような感覚になってきたんですね。
それでいつも行くクリニックで症状のメモを片手に相談すると。。。

ごく簡単に



「それは鬱でしょう。」



「えぇえええ!?! 
鬱なら治るんですね!?!
痴呆じゃないんですね?!?」



そう言えば、母が亡くなってからずっと泣いていたんですよ。夢の中でも。
「こんなに親によくする人は見たことがない。」と看護婦さんたちに言われるくらいだったのに、もっとできることはいっぱいあったのに、と悔やまれて悔やまれて自分を責めてもいました。
夜寝る時には「もうこのまま目が覚めなければいいのに・・・」などと、生まれて一度も考えたこともないような思いを募らせてみたり・・・

ウツのせいだったんですね。
辛い気持ちで体が駄目になってしまうのを防ごうとして脳がボケたようになるのだそうです。


家族にも友人にもウツの人が結構いるので、よく知っていたつもりでしたが、自分がうつ病になろうとは!
後ろ向きに物事をとらえるということがあまりない自分だったので、思いもよりませんでした。


最近のお薬はすごいですね。
3日目くらいから、目の前がぱぁーっと晴れて気持ちが明るくなっていきました。
でも、自分が水槽の中にいるような感じ(離人症)はなかなか抜けず、気持ちが悪かったのですが、それも三ヶ月くらいしたら良くなっていきました。

お薬はい1年半くらい飲んだでしょうか。
最後の3ヶ月くらいは包丁でお薬を少しずつ削って減らしました。


こうして痴呆様のうつ病は良くなったのですが、脱エホバを決意してから数ヶ月。
またちと、おかしい。

今度はどんな手でヤツはやってくるのか。
ちょっとわかりませんが、最近意欲がないので、またクリニックで相談してみます。



思い起こせば、父と母が同時に違う病院に入院していた頃、何が辛かったって、両親のその姿を見るだけでも辛いのに、集会を休まないようにという会衆からの圧力がとてつもなく大きかったんですね。あれが無かったらどんだけ楽だったことか・・・


ホントにトホホな宗教です。



「年寄りはわがままだからねぇ。」という主宰監督妻の言葉は丸太も上の子も絶対許しませんよ!

「世の人」でしたが、過酷な闘病を穏やかに立派に闘って逝った両親のことを、丸太はとても誇りに思っています。


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2008.07.21 うつうつと。
どう自分を奮い立たせても
ちょっと鬱気味になります・・・


今では取り返せない長い時間を思ってしまうんですよね。





みんなこの過程を経て回復していくんですかね~



今この時が笑い話の思い出となる日が来ますように。


ふざけた題付けてんじゃねぇよ、と叱られそうですが(笑)、丸太は親に叱られたことがなかったのですよ。

このことは丸太の人生に大きな影響を与えているのではないかと常々考えていることです。


わたしは母親にもなんですが・・・母には柔らかく注意されたことはある・・・父親には一度も叱られたことがないのですよ。
あまり困らせたこともない、というのもあるのですが、最大の理由は「体が超弱かった」からなのです(長身ゆえに、大抵初対面では信じてもらえない)。
ただ元気に毎日を過ごしてくれたら良いという親の思いだったんですね。

小さいときには2,3度死にかけたこともあり、例の臨死体験?もしたことあります。別の自分が上から見てるというあれです。
  ま、この体験については置いといて。
父はわたしが熱を出して気管支がぜいぜい言い出すと、夜中中ずっと抱っこしていてくれたことが何度もあります。次の日が仕事でも。
病気が治りかかった頃には父のひざの上でよくテレビを見たことを今でもよく覚えています。
困った時に父に助けられた経験は
たくさんあるなぁ。。
もちろん母も献身的によく看てくれ、とても愛情豊かな人でした。

自分の経験と比べても 両親の愛は、本当の意味で見返りを求めない無償の愛だったように思います。


従順じゃないから認めないなんて、どこかの宗教とは大違いです。
無償の愛だったので、丸太も無償の愛を返したいと思いましたね。


一方・・・
叱られないという事は自分はいつも正しいと勘違いしてしまうわけで・・・
ただ「体が弱い」という負の部分があったので、超ワガママにはなりませんでしたが、すぐに自分の考えに確信めいたものを感じてしまうという危険があったと思います。
それが「この道に間違いない!」と「エホバへの献身」へと繋がっているのかも。

それでも親から愛されているという確信を持つのはほんとうに大切なことです。
体が弱くても自分に自信がもてるし、何か深い心を知った、という気がします。




ただ、社会に出てからもあまり難しい人に会ったことがなかったために、まぁ男の人ってみんな怒らなくて手先が器用だと思っていたんですよね。
あほ丸太・・・(この時点で読書はあまり役に立っていなかったのか・・・汗)
それが結婚してみると、夫は短期ですぐ怒る人で(手は出しませんよ)、すっかりおびえる性格になってしまいました。
婚約してからちょっと気がついていたのですが、今と違って、ホントその当時は総体的に女性はうぶで、JWも真っ青みたいな時代でしたから、一度交際を始めたら途中で止めるっていう感覚は無かったのですよ。

夫に叱られるというのが世の中で一番恐いことだったわけですが、小さいときから病気で伏していると、幼いなりにいろいろ考えるのでしょうね。
人生というのは始まった時から「死」に向かって歩き始めることだと認識していて、「無」になることが恐くてたまらなかったわけです。

それと正直に生きていても様々な苦しみに会うという不条理が納得いかなくて・・・
中学の時の合宿で行った呉の江田島で、特攻隊の方々の遺書を読んで、戦争の不条理にも憤りをもつようになりました。
「なぜ神はこの世の苦しみを見過ごしておられるのか。神が実在するなら何らかの手をさしのべられるはずだ。そうされないということは神は実在しないに違いない。」
このように考えて「無神論」だったわけです。

でも実際には神と呼べる存在を求めていたんじゃないかなぁ。

ですから夫は恐かったのですが、この世の不公正の理由をはっきり示している」JWに感動したのですね、きっと。
家族みんなで楽園に行きたいじゃないですか!

丸太の両親も良い顔はしませんでしたが、強く反対することはありませんでした。
ただ奉仕や集会で忙しくしていたので、体のことを心配していました。
実際毎月のように熱を出していたんですね。
アホや~

(ホントそうだ!
最近集会に行かなくなったので、集団の中でウイルスをもらわないので、ずっと調子がいいです!
昔はお祭りといっては熱を出し、映画を観に行っては熱を出し、していたので、人ごみが問題だったのですね。)

また脱線して、何言ってるかわからなくなりましたが、
幸いなこともあって、聖書を通して「愛」や「同情心」、「憐れみ」、「忍耐」という特質は学んだと思うのですよ。それから「謙遜さ」。
だからおびえるのではなくて正しい「謙遜さ」を身に付けて、平衡が保たれたということです。
こういう良い点もあったのでないかと・・・JWにも。
丸太の周りには謙遜で親切な人が多かったですよ。ワンマン長老以外は。

でもね、家のこともできるだけ頑張り、誰のことも悪く言わず、夫にも従順で、両親も大切にしても、集会や奉仕に行ったらそれら良いことの評価が0以下になるんですよね。よく怒鳴られましたし、いつも不機嫌でしたね、my husband。





結論も考えずにだらだらと吐き出してしまいましたが、「親に叱られたことがない」丸太は諸般を考慮しても恵まれていたんじゃないかと・・・・・
・すべてを受け入れてもらって成長するのは、本当に大切なことです。
 この点では丸太も親の立場として大いに反省しなければなりません。

・配偶者を決める時にも慎重に、というのも教訓ですね。  トホホ
 ただこの点は双方の意見を聞かなくてはなりませぬ。

以前は、もしかしたら信者になるかもしれない夫についてマイナスになるようなことを言ったことは一度もありませんでした。
こんな風に吐露したのは初めてですな。



今日は放っておいたらいつまでも続きそうなので、一旦ここで終わりにします。

ここまでお読みいただいた皆様お疲れ様でした(*・ω・)




非常にダラダラと書いてしまうな~(;´Д`)
なかなかうまくは書けませんが、次回さらにもう少し続きます~



会衆の仲間に会いたいとも思わない。
もちろん、あれほど通いつめた集会に行きたいとも思わない。

これってどういうことを意味するんですかね。

常人なら、毎日共に奉仕に励み、共に集会で学んだ友人、仲間に愛着を持つものではないでしょうか?
丸太はそんなに薄情な人間だったのでしょうか?



接着剤が組織に対する忠誠だけだったのかな?
その接着剤はパーフェクト・ボンドではなかったのですね。


もし今、ここを読んでいる現役JWの方がいたら
きっとこうおっしゃることでしょう。
「あなたの信仰と愛が偽物だったのだ。」と。サタンに唆されたのだと。


果たしてそうでしょうか?
自分の抱いていた愛と信仰の向かっていたものが、偽りの幻の組織だったためではないでしょうか?
不信を招く実感と多くの隠されていた情報によって、丸太が抱いていた信仰と希望はもろくも崩れ去ってしまいました。


マイコンが解けたと言えばそれまでですが、なぜこれほどまでにJWに対する情熱が冷めてしまったのかを
もう一度始めから整理しておきたいと思います。
最初の自己紹介にも綴ったのですが、次回から少しづつ思い起こしていければと考えています。

その前につまらぬ人生ですが、少し丸太の半生についてもお聞きくださいね。


2008.07.10 人間失格

このタイトルちょっと暗くなりますね(汗

ここのところ読書に没頭しておりました(*・ω・)
どんな本を読んだでしょうか。
挙げてみると・・・

・勇気凛々(りんりん)ルリの色・・・浅田次郎著(講談社文庫)
・救急精神病棟・・・野村進(講談社)
・半落ち・・・横山秀夫(講談社)
・バカの壁・・・養老孟司(新潮社)

他いろいろかじってます。


なんと「乱読」という言葉がぴったりな・・・
繋がりがまったくありません。
あ、一点だけ。。
ブックオフのハードカバーのコーナーに並んでたんですね~
(勇気凛々・・・を除く)


丸太は浅田次郎さんの本が大好きで
ほんとうは氏の作品をずらっと並べて宣伝したいのですが
(勇気凛々シリーズは面白いので元気のない時にはぴったりですよ)
どうしてもなんだかタイトルの読後感を書きたくてですね・・・

先月が確か桜桃忌でしたよね。
その時に読もうと考えていたのですが、ちょっと気分が下向いていたので止めたんですが、やっぱり手に取ってしまいました。
「しまいました。」という言い方はちょっと失礼ですね、太宰先生に。。

不思議だったんですよね。
若い時分に読んだときにはすごく共鳴した覚えがあるのですが、今回はなんと!
「あなた何ぐじぐじ言ってんの!世の中にはあなたよりもっと不遇で悲しくて魂が彷徨ってる人がいっぱいいるのよ!
なんであなたはそんなに女たらしでだらしがないの!?!」っと言う感想を抱いたんですよ。
なんか自分自身に合点がいきませんでした~
いや、丸太は「太宰治」が好きだと自認していたんですけど。。

年取って純粋さが失われてしまったのでしょうか?
すごくショックでした。
それでウォーキングしながらつらつら考えたんですけど。


若い頃、20歳とかそんな頃は視野が言わば90度くらいだと思うんですね。
それでいろいろ経験して今では200度くらいに広がってるんじゃないかと。
200は極端ですかね?
でも360度っていうことは絶対ないけれど、200度くらい視野はあるように自負してます。かな??
悲しいことも辛いことも汚いこともいろいろ経験して今があるのでは、つまり不純になったというより世間を知ったということでしょうか。




でもでも、JWに引き寄せられたとき、つまり30歳頃には視野がいったいどんだけ狭くなっていたのだろうか・・・
45度くらいですかね?
子育てで手一杯だったから多分生きてる世間は狭かったんだろうなぁ、とは思います。
「なぜ、あの時。」という繰言を言っても仕方ありません。

ウーーーン今回「人間失格」を再読して(たぶんもう一度くらいは読んでると思うんですけど)、時の流れを感じたということですね。
人生の折り返し地点をすでに過ぎてしまっているわけですからね、己の魂彷徨わせてる場合じゃないのですが、失った柱は大きいように思う今日この頃です。トホホ



視野が狭くなってる時ほど出会うものが大切だということですね。
良い師と出会えていたらもっと違う人生があったのでしょうが・・・



追記
今、考えると、今回はサラッと読んだがために、太宰が語らんとしていることを深く考えずに読み終えたのもあったし、また人間太宰について色々知ってしまったので、文学として「人間失格」を読んだのではなく、太宰自身とリンクさせてしまって、批評の的が外れていたのだと気が付きました。

それにまた、彼はやはり精神に障害をもっていたのだと感じます。
文学というものに発露を持っていたのが、彼の才能だったのでしょう。
彼のすべての作品を読んでみたいと今は思っています。

鈍感な脳しか持ち合わせていないのが残念です~(;´Д`)








2008.07.04 根が深い。
先日現役JWの方のブログが炎上してから、広く二世さんたちのブログを拝見し、
JW内の親たちのひどさに呆然として、どう気持ちの整理をつけていいのか
わからなくなっています。

自分がつい最近まで所属していた(現在でも一応名前が残ってる)組織の人たちって あんな意識だったんですか。
自分もあんな風に非情だったんだろうか、と考えると、おぞましくて 言葉が無いです。

二世さんたちの経験は、そのまま自分の子どもたちが経験したことと重なるであろうことを思うと、胸が潰れる思いです。


JWから離れたからって、排斥されたからって、せっかく決まった結婚報告に
「どうせあんたの結婚なんてうまくいかないよ。」などと
どの面さげて言うのでしょう。
こんな胸に突き刺さるナイフのような言葉を投げつけるJW親が多いのですね。
そんなこと言う親なんて、一般の親の中でも下の下ですよ。


でも一方で、こう批判すると、辛い思いをしている二世さんの肉の親御さんを責めることにもなって、これまた心苦しいですね。

何をどうすれば二世さんの苦労が報われるのか、糸口さえ見つかりません。



薬害肝炎や原爆症の問題のように、被害者が一致して訴えて 保障させようというわけにいかないんですよね。訴える相手に自分の親も入ってしまうのですから・・・



難し過ぎてわかりません。


今はもう心が塞いだまま停止してしまっています。


2008.07.01 親の心

記事にするほどのこともないのですが
前回の「語る資格があるのか。」に
ウェブ拍手をたくさんいただきまして、
「丸太さん、気持ちはよくわかったから、そう深刻にならずに気軽な気持ちでブログ続けてください。」みたいな応援拍手と受け取りました~
非常にポジティブアンド軽薄な丸太ですけど、いいでんすよね、このように受け止めて。

ほんとうに寛大なお気持ちをありがとうございました(*´∀`*)その優しさが身に沁みます。と同時に「自分の子どもに虐待を与えたすべてのJWの親たちに心から謝罪してほしいと願います。」の部分に強く肯定の答えを与えられたのではないかと・・・

この点で少しでもJW内部にいる方たちの認識が変わるといいですね。
すべての元JWのブロガーさんとサイト運営されてる方々の努力が実りあるものとなりますように。




それから、特に非信者の○つきさんの優しい言葉に、光るものが頬を伝いました。
(○つきさんは「もう一度はじめから」というブログの中で、JW信者のご主人を持つ非信者の立場から心情を発信しておられる聡明な方です。)


○つきさんはJWじゃなくても、どんな親でも不完全な子育てしか出来ないことを指摘して、慰めてくださったのです。
ありがとうございました。




丸太も一人の親として、子ども達を心から愛していたし、今も心から愛し、いとおしいと思っています。
もし神様がいらっしゃるのなら、その神様が丸太の心を一番よくご存じだと思います。


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