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昨日、ある元JW二世の方のブログを読ませていただいていて
ホントにいろいろ考えました。



丸太はやはり犯罪でいえば「加害者」側の人間ではないかと・・・
自分のやったことも深く考えないで気軽にブログなんか書いてんじゃねーよ、的な立場にいるのではないかと・・・


懲らしめ、ムチ、体罰を与えた側の人のブログって少ないんですよね。
その害悪に気付いていない親の立場の人が多いせいもあるのでしょうが、
実際自分のこどもを精神的に追い込んだ経緯のある人間なら、
のんきに「JW回想記」など書けるはずもないし、書いてはいけないのではないかと感じました。



本当に、愛する親からの身体的精神的な虐待に苦しみ、今でも後遺症に悩んでいる人たちがたくさんいるのですね。

でも彼らは一様に優しいのです。
丸太のブログにもいつも○ハジさんや○agonさんなど優しい方たちが優しいコメントをくださっていて、
丸太はとても慰められているのですが、自分はそんな気遣いを受けるに値しない人間だとつくづく考えました。


丸太は自分の子どもに身体的なムチをしたことはほとんど無かったのですが、どれだけ精神的に抑圧し制限を加えたか、今では取り返しのつかないことです。


多くの元JW二世の若い方たちが、ご自分の現役の親に対して、恨みつらみをぶつけるのではなくて、気遣いを示し理解を示しておられるのには
心が痛みます。
純粋に親への愛に動かされてそうしておられるのだとは思いますが、
もしかして従順を示すよう体が覚え込んでいて、心と体がアンバランスに動かされているとしたら・・・



JWの組織に唆されたのかもしれない、騙されたのかもしれない、
それでも自分の子どもに虐待を与えたすべてのJWの親たちに心から謝罪してほしいと願います。


そしてJWは過去に行った残酷なことをうやむやにして蓋をするのではなく、
真摯に認めて二度とこのような辛い親子関係になってしまうことがないように行動すべきだと感じました。

無理なこととはわかっていますが・・・




こうして丸太が落ち込んでいると、また心優しき若者たちが
「丸太さん、鬱になっているんじゃないか・・・?」と心配してくださるかもしれませんね。
大丈夫ですよ。

丸太は以前両親を介護看護して見送ったのちに、重い鬱を経験し立ち直った過去があるので対処の仕方も知っていますから。





これからはブログを続けていくにしても、軽はずみな言動は避けて、慎み深く記していかなければ、と
心に銘じました。
それでものんきに楽しげなことを書いてしまったらごめんなさい。



自分が鬱になって動けなくなってしまったら、それもまた子ども達に負担をかけるので
自分の生きがいも少しづつ模索しながら歩んでいかなくてはなりません。






いつも丸太の拙いブログを読んでくださっている心優しき方たち
ほんとうにありがとうございます。

そしてこれから、今日綴ったような気持ちでブログを書いていくよう努力しますので
これからもよろしくお願いいたしますね。



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このブログには特に方向性とか持たせようとは思っていなかったのですが、
やはり 現在組織に疑問を持っていて、離れたいなぁ、と感じている方や
少しその思いを行動に移して逡巡しておられる方に、丸太なりのメッセージを送っているような気がします。



そうそう、先日あるブログのコメント欄に「これ、わたしじゃない?」と思うような言葉があって
やっぱり丸太くらいの年齢の方でもPCに触れる機会もネット社会にちょこっと入ってきてる方々も増えているんだろうなぁ、と思いました。


だからつまらない記事ばかりですが、JWを後にしつつある丸太の現状を綴ることによって、何かしらお役に立つこともあるかもしれません。




集会も週二日になることだし、少しばかり疑問があっても組織の方々とまったり一緒に歩んで行くもよし、信念に反するならうまく抜けるように頑張るもよし、
あくまでも個人の選択ですからね。
でも自分の信念も大事だけど、周りの家族や親族のほんとうの幸福も考えてあげなくてはね。
そこは大事だと思います。他の人を無視して自分だけ幸福ということは有り得ませんから。

それに信念に反する、しかもウソの情報を人々に伝えるとしたら、それは重い「罪」です。
知って行うなら重い重い罪です。




最近いろいろ考えるせいか なかなか寝付けないんですよね。
主に子ども達のことなんですけど。

窓の外が明るくなってしまうこともしばしば・・・
(;´Д`)

そう言えば昨日夢を見ました。
集会に行ってたなぁ。

「なんで自分集会に来てるのかなぁ・・・?」と夢の中で思ってたけど、
N姉妹やT姉妹が
「姉妹、久し振りだね~(*´∀`*)」とか言ってたな。




あぁ、目覚めが悪かった。




貞潔度100%!とかゲハジさんのブログにコメした丸太ですが(これはホント)
やっぱり私くらい以上の年齢の方にとって「性」の話題はできたら避けて通りたい気持ちがありますね、多分。
すごくハズカシイんですよ。

丸太が若かった頃、結婚した年で言えば昭和55年、西暦の1980年くらい、あ、JWが本格的に終わりが来ると言っててはずれた後ですね。
その頃はまだまだみんな保守的で現在からは想像もつかないほど「うぶ」でしたよ。
何年前になりますかね。27,8年前ですか・・・
10年単位くらいで世の中がすごく変わった気がしますね。


丸太が結婚した頃は「純潔」ってとっても大切だと思っていたし、だいたい適齢期も23歳とか言ってた時代ですからね。
もちろん性に関して「進歩的」な考え方の人もいたと思うけど、田舎では総じて保守的でした。
それでも丸太も男女交際はしたことあって、高校の時にJWなら排斥になるような事態になりかけましたが(そこまではいきませんでしたよ。念のため)
成績が下がってしまって自分でブレーキかけて、その恋愛からは下りました。
そのくらい自制が美徳の時代でした。
現在の若い人には想像するのも難しいと思いますが、そんな時代だったのですよ。


それでは一方の男性もそんな考えだったかと言えば、女性には「純潔」を求めるけれど
男性の女性遍歴は「男の甲斐性」くらいに考えていたんじゃないかなぁ。
男尊女卑ですね、まさしく。
それでも、これもその人の資質によったのではないでしょうか。
その点は今日も同様です。



それで結論的に言えば、丸太もゲハジさんの意見に賛同します。
つまり JW&元JWの男性>一般の男性
これは特に「貞潔さ」に対する見方という点で。

少々辛口を許していただければ、
二世のJWの兄弟達は親切で優しいのですが、世間でもまれていないがために、あまいというか常識がないところが見受けられますね。(一部の方ですが)
また言い方や接し方は優しいのですが、人の扱い方に愛が見られない二世さんも多い気がしました。
それでも実際社会に出られたら、最初は難しいとしてもきっと頑張っていかれると思います。
JWでは「世の人」はサタンの申し子のように言いますが、案外世間の人も親切であたたかいものですよ。
人間対人間で誠意をもってぶつかっていけば、元JWの良い特質が生きてくると思うのです。

貞潔なJW二世の男性がその良い特質を発揮すれば、鬼に金棒ですよ!



二世の独身姉妹たち、生涯の伴侶は心して選んでください!!



最後にゲハジさん、いつも突然お名前出してごめんなさーい(*´∀`*)



きのう(火曜日)夜、NHKの爆笑問題の『ニッポンの教養』
恐竜のことをやってたんですが、興味深かったです。

恐竜って2億6千万年もの間生息してたってほんとうですか!?!
人間の歴史はおおよそ200万年って、国立科学博物館の「恐竜博士」真鍋真さんが言ってたんですけど。
大きく数字に誤差があるとしても、聖書の記述とはかけ離れています。

「目ざめよ!」なんかで恐竜のことは時々取り上げられていて、科学者の年代計算には誤りがあると、鑑定方法にいちゃもんつけてますが、
この真鍋先生が穏やかで優しい語り口なので、すごく説得力がありました。

創世記1章の一日が七千年ではないとしても(最近協会はこの点に言及しませんね)
大きい生き物の恐竜が「億」を取り去っても何千万年かはいたかもしれないですよね。
ということは「人間」に至る創造の「日」っていったいどんだけ???

そうすると「千年統治」とかってほんとに千年?
ユダヤ人の父祖たちの記録ってあれ真実?だって創造の6日目が何千万年だったりしたら、6日目の日にちを合わすために、アダムとかももう一つ0つけて9300歳とかにしないと計算が合わないじゃ。。。(*゚д゚*)ンマッ?
大変なことになりますねぇ。

でもイエスもパウロもアダムに言及しているし・・・(何回もじゃないけど・・・)
どうなんだろ・・・
アダムの寿命の話とか神話だったら、イエスが言われたことが空しくなりますよね・・・





そして恐竜は全く死に絶えたかというと、ある意味、命は引き継がれていると・・・
もし恐竜が進化して鳥になったとすれば、「鳥」という形で恐竜は生き続けていると言えるんだそうです。
恐竜が鳥になるには、ぐっと小さくなって羽が出来なければいけないわけなんですが、
骨格の形から言えば説明がついておもしろかったですよ。


JWから離れると知らされていなかったことがいっぱいあることに気が付いておもしろいですね~

それから爆笑問題の太田さんが一貫して「進化」ではなく「変化」と言っていたのが大変興味深かったです(*・ω・)

あの人ホントおもしろいね。


[追記]・・・後から思いついたのですが、
      本文中のアダムの年齢の計算方法は
      おかしいですね。
      数字に弱い丸太の考え違い
      です~~~(;´Д`)
      ですが創世記の一日がそれぞれ等しい
      なら、6日目7日目の年数は相当苦しい
      ことになりますね~








楽しく野外奉仕をし、よく準備をして再訪問を楽しみ、組織とエホバに助けていただいて(・・・?)何人かの方がエホバの証人としてバプテスマを受けるのを助けてきました。

JW的に言うと「霊的な子」がいるということです。

我が子のことも気がかりですが、この「霊的な子どもたち」についてもどのようにしたらよいか、と悩みます。

もう転勤などで遠くに行かれている方は仕方ないとして、近くにいる方々にはいずれ丸太が集会に行っていないということが伝わるでしょう。心配をかけることになります。
もし直接気遣いの電話やメールがあったなら・・・
どのように説明したら良いでしょうか?
もうそれぞれ自分の信仰を確立されているので、丸太がそれほど責任を感じることはないかもしれませんが、
ご主人や親族の反対の中、うつになったりしながら頑張っている姉妹もおられます。

何かしら疑問を持つような種を蒔いたほうがいいのでしょうか。

集会に行かなくなってからずっとこのことは頭から離れなかったのですが、ここ数日もういいかぁ、という気持ちにもなったりしているんですね。
JWの道に自らはまり込み、長い間疑問も抱かずにいた自分を信用できなくなっている上に、JWに残っている人たちに対する同情も薄れてくると
自分という人間に対して疑問を抱いてしまいます。情けないですね。


問題なのは高齢でバプテスマをうけられたご婦人です。
バプテスマを受けられてからなんですが、ご仏壇を処分されたんですね。
丸太が勧めたんではないですよ。
会衆が分かれて、誰の進言に応えられたのか、思い切ったことをされてしまって・・・

今更、JWが真の組織ではないと知ったならそのショックは計り知れないですよね。
だからこのご婦人にはもちろん何も言いませんが、他の方に「証言」すると、誰かから情報が入ってしまうかもしれません。
ムムム。  難しい。


それに情けないですが、丸太自身が「霊的な子」が心配と言いながら、
「丸太姉妹、サタンに唆されてしまって・・・ いい姉妹だったのに・・・」などと同情されるというか下に見られるのがイヤだと思ってるんじゃないかということです。


やっぱり犬死だと思われるのがいやなのかな・・・


2008.06.14 my time

いやぁ、時間を自分と家族のためだけに使えるって幸せすぎて笑っちゃいますね。
フルタイムのお仕事してないから言えることなのかもしれませんが
もうね、時間ゆうゆうですよ(*´∀`*)
20数年ぶりに余裕のある生活してます~

以前が「どんだけ~」だったのか・・・

このままこの生活を続けるとは思いませんが、しばらく楽しみたいと思っています。
これでお金の余裕があったら言うことないのですが、「時は金なり。」で時間があるということはお金持ちと一緒なんですよね(*´∀`*)

「奉仕」と「再訪問」と「研究」に明け暮れてた頃は、保険のセールスも完璧できるんじゃないかと、思ったりもしましたが、
あれだけ働いてたらかなり懐がうるおってたかも。
まぁ、そんなセコいことは抜きにして・・・


それでもいずれ「一緒に並んで歩く」程度のボランティアを週に1,2日くらいしてもいいですね。
「何かをしてあげる」みたいな奉仕にはしたくないです。
丸太さんと話してたらちょっとウサがはれるなぁ、くらいのがいいですね。



某○ハジブログや某○せいさん掲示板などで、恋愛問題などで盛り上がってますが、若いって素晴しいですね~
うらやますぃ(;´Д`)
時間はあっても丸太には縁のない話だなぁ・・・

いや子供たちの恋愛問題がありますあります。


flower 003003

『キャット・テイル』というお花です♪


Mr.Dの神様(!!!)が紹介してくださった映画「パンズ・ラビリンス」を観ました。
素晴しい!、すごい!映画です。


ネタばれしないように気をつけますが、
スペイン内乱下のレジスタンスに対する独裁政権側大尉の残忍さと
主人公の少女オフェリアが遭遇するファンタジーが交錯して
今まで見たことのない雰囲気の作品でした。

「シンドラーのリスト」と「ハリーポッター」を同時に観た感じとでもいうか・・・
「シンドラーのリスト」はもう観たくないんですけど、「ハリーポッター」は何度でもみたいんだけど、
それなら「シンドラー・・・」も見なきゃいけませんよー、っと言われてるみたいな。。。


意味わかりますか?
観たらきっとご理解いただけると思います。

少女オフェリアの純粋さが良かったですねぇ。
それとオフェリアがデザインは違うんですけど、通して緑色のドレスを着ていたのが印象的でした。
どせいさんのサイトで説明されていた、ヨーロッパの悪霊の捉え方を思い出しました。興味深いですね。

お勧めします~


あ、自分はちょっと気が弱い、とか気が小さいと思われる方には刺激がありすぎるかもしれません。ご注意ください~




上の子にこの丸太のブログがバレてしまいました・・・(;´Д`)
内緒にしていたのに・・・   トホホ・・・


いろいろJWの組織の話はしていたのです。
「お母さん、背教者の考えに惑わされてるんじゃないの?」って言うものですから
サイトやブログには とにかくJW組織に攻撃的なものと、擁護しているもの、それから自分の心情を正直に吐露しておれらるものなど
いろいろあるのだということや、JW組織は不利な事実から目をそらさせるためにネットに近付ないようにさせているんじゃないかということなどです。

そうしたら本人の中でJWに関するネット解禁になったみたいで
それからそれから このブログのタイトルが変わってるのに目がいったみたいで・・・

なんと、中高年の方の目を引こうと思っていたのが、我が子を導いてしまったのですね・・・(l|゚Д゚l|l)  読書の内容から自分の母親だということがすぐにわかったみたいで
ハハハ・・・  なんとも間抜けな丸太です。


○agonさんがコメしてくださったように、率直に言った方がいいのかどうか迷っていたわけなんですが、こうなったのも結果オーライで
まぁよかったのかな、と思っています。口で語るより うまくまとめてあると思うので。

でも、まだ楽園って来るのじゃないかな、そうなればいいな、と思っていた人でしたから、丸太がまるっきり組織から心が離れていることを知って いくらかのショックはあったと思うのです。  
ごめんね。

ただ、上の子は今かなりハピーな日々を送っていまして、夢ももっているし、とりあえずその夢に向かって前進してもらって、神や創造者、悪霊やらハルマゲドンやら楽園については丸太が丸太なりの方法で答えを見つけることにします。そうして、また子供たちと話し合って信仰の方向性というか、希望というか、それらについて漠然と確認できたらいいな、と。



いや、もう、なんかね、親ってホント自分の生きざまを子供にさらしているわけで、まぁまぁ正直に生きてきてよかったな、と思いますね。
このブログにしても、なんにもカッコウつけてなくてよかったーーー!!!

でもでも、JWにもしかしてマイコンされていたなら(確定的)、すごくカッコ悪いし、責任がありますです。



子供達は日常のあらゆる面で制約を受け、
集会や奉仕にも行かなければならず、帰れば父親に叱られる、たくさんの辛いことがあって、
抑圧されていたと思います。

それやこれやをどれほど辛く感じていたかを多くの二世の方のブログを通して知りました。

それを今更「お母さんの信じていたJWって間違ってるかもしれない・・・」なんて言われたら
「は~?!?」ですよね・・・


ただ隠し事をせず、時にはケンカして前進したいと思います。


丸太の願いは 愛する子供たちがささやかではあっても幸せを感じる毎日を生きてくれること、それのみです。

『深い河』の登場人物の一人、磯辺は 亡き妻の生れ変りではないかというインドの少女に会えたのでしょうか?

そう、想像通り 会えませんでしたー。

ま、これ、会えちゃったらストーリーのメインが「生れ変り」に移ってしまうので、当然といえば当然なんですけど。


富んだ人(滞在中に「インディラ・ガンジー」首相が暗殺されて彼女の遺灰も流された)の運命も、極貧の人のそれも 共に飲み込んで
豊かに滔々と流れるガンジス川に 磯辺の心の虚しさもゆだねられたのならいいのですが・・・  どうなんでしょう。


カトリックの信者でありながら 異端とも糾弾された遠藤周作氏ですが、この作品で著したかったのは次の二つではないかと思います。


その前に・・・
この小説の軸になっている人の一人として、「大津」がいます。
何の取り柄もない、ただ愚直で善良な、聖職者を目指している青年です。

彼の口を通して その要点が語られます。
「少年の時から、母を通してぼくがただひとつ信じることができたのは、母のぬくもりでした。母の握ってくれた手のぬくもり、抱いてくれた時の体のぬくもり、愛のぬくもり、兄姉にくらべてたしかに愚直だったぼくを見捨てなかったぬくもり。母はぼくにも、イエスの話をいつもしてくれましたが、その時、イエスとはこのぬくもりのもっと、もっと強い塊ーつまり愛そのものなのだと教えてくれました。大きくなり、母を失いましたが、その時、母のぬくもりの源にあったのはイエスの一片だったと気が付きました。そして結局、ぼくが求めたものも、イエスの愛だけで、いわゆる教会が口にする、多くの他の教義ではありません。この世の中心は愛で、イエスは長い歴史のなかでそれだけをぼくたち人間に示したのだと思っています。(・・・中略・・・)その愛のために具体的に生き苦しみ、愛を見せてくれたイエスの一生への信頼。それは時間がたつにつれ、ぼくの中で強まっていくような気がします。ヨーロッパの神学には馴染めなかったぼくですが、一人ぼっちの時、そばにぼくの苦しみを知りぬいているイエスが微笑しておられるような気さえします。ちょうどエマオの旅人のそばをイエスが歩かれた聖書の話のように、『さあ、私がついている』と。」

作者にとって イエス イクオール 神なのですが(三位一体の幻義?)
イエスは愛そのものであり、神 イエスの愛を感じるときに 神の存在を確信する、とでも言いましょうか・・・
遠藤氏の場合、母親への思慕と神への思いがリンクしているようで、エディプスコンプレックス(調べてみてくださーい)との関係も評論には書かれていました。
神の存在を理屈でなく感じるということでしょうか。
JWが「正確な知識」を超強調するのとはちょっと違いますね。


そして、もう一つの要点は先日も書いたのですが、キリスト教でも、仏教でも、ヒンズー教でも、あらゆる宗教の中に神は自在に存在しておられる、ということだと思います。

こういう考え方は本文中で、フランスのカトリックの神父が「汎神論的」と述べるのですが、下の子が調べたところによると「汎神論的(はんしんろんてき)」とは
「全ての物体や概念・法則が神の顕現であり神性を持つ、あるいは神そのものであるという宗教観・哲学観。万有神論。」ということみたいです。
(唯一絶対の存在者を認めることとは双極にあるのかな?)
下の子は「これって今の自分の考え方にちかいんだよねー。」とか言って、母丸太を驚かせます。「おお!あなたはここ数週間でそんなにも深く考えていたのか!!」と。



「イエス・キリストはあなたの心の中に生れ変ったのよ。」という言葉も出てくるのですが、それも「なんだかな~。」という感じで丸太にはよくわかりません。



でも、こうして神について深く考えた作家の方の、いわばフンドシを借りて(もっといい言い方はないのか?!?)、いわば その思考のフィルターを通して考えてみるのも一つの方法かな、とは思うのです。
そういう意味でだったのかどうか、三浦綾子さんや曽野綾子さんの小説は若い時から愛読しました。三浦綾子さんの著作はお勧めです。
そのお話はいずれまた~


なんだか今日も超長くなったわりに深さのない話になってしまいました。
もう少し掘り下げて考えたかったのですが、来客があったりして楽しんでいたものですから・・・


何かをくみとっていただければ幸いです(*´∀`*)



まぁ、遠藤氏は「生れ変り」をイエスと重ねて考えたんですね。


遠藤周作さんについてはまた語るかもしれません。
丸太的にはこの「深い河」はちょっとピンとこなかったのですが、「沈黙」は衝撃的で、機会があったら読んでいただきたい作品です。

何が衝撃的かというと、豊臣秀吉の時代のキリシタン弾圧の烈しさ残酷さです・・・





2008.06.02 Web拍手
Web拍手ってなんかたまるといいことあるのかな~、なんて感じで
あまり関心が無かったのですが
丸太の記事にも少しづつ『拍手』をポチッとしてくださってるのに気が付いたんですよ。

やっぱりなんだか応援していただいてるようで 嬉しいですね^^


そこで丸太がすぐにとった行動とは・・・




ウチの子どものブログを開いて、過去に遡り
ばんばんポチしました~ヽ(・∀・)ノ


「親バカ」と言われる所以です・・・





皆様の『拍手』にも感謝しております~(*´∀`*)




それから やたら無駄に長い記事が多くてすみません~
自分も疲れますから、読む方もうんざりかなー、と・・・
気をつけてはいるのですが
知識が浅いもんですから どうしても分かり易い言葉を並べるので長くなってしまいます。
そのうち懲りて短くなると思いますので、見捨てないでくだされ~



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